タンザナイトTOP>No.8:木を植えたい男

木を植えたい男

 「木を植えた男」という絵本やビデオが数年前に評判になり、僕も絵本を買いました。ここに書く話はタンザニアで暮らす、木を植えたい一人の男の話です。代償を求めずに人知れず木を植え続けた絵本の中の男と、現実に木を植えたい男との間にはかなりのギャップがありますが…

 プロジェクトの近く、ムエンベ村に住むある男性が「自分の敷地に木を植えたいので援助してくれ」と言ってきました。自分の農地の周りを木で囲み、また空いている土地には将来材木が取れる木を植えたいのだそうです。早速プロジェクトでは人を送り話を聞きに行きました。うまくやればこの地区で植林活動を広めるためのいい手本になります。

 男はかなり広い土地を持っており、「畑の周りと耕していない部分に木を植えたいのだが、一人暮らしで労力が無い。植えるのを手伝ってもらえないだろうか?」というのが趣旨でした。もちろんこの熱心な男の植林をプロジェクトが手伝った、と読者の皆さんは思われたでしょう。しかし結論から先に言えば木を植える手伝いは断ったのです。

 無論木を植える行為は促進すべきであるし、プロジェクトとしてもそれが目的で仕事をしているわけです。しかし地域住民の中で仕事をする場合、木だけを見ていると大変な失敗をすることになります。僕はこれを「木を見て人を見ず」と呼んでいます。つまり木を植えるという行為も、その社会の中でどのような意味づけを持つかを把握せずに進めるのはまずい、ということです。

 ではこの男の場合をもう少し詳しく見てみます。まず男はなぜ畑の周りや空いている土地に木を植えようと思い立ったのか。「材木が欲しい」という理由ももちろんあるでしょう。しかしこの男の場合もっとも重要な狙いは土地の確保にあったようです。

 アフリカの多くの文化では、従来土地は基本的には部族の中で共有でした。そして自分が耕すことができるだけの土地を、自分の属する部族の承認を受けて使っていました。つまり私有地のように自由に使える土地は、自分や家族の労力で耕すことのできる範囲だけだったのです。

 今は国ができ、制度的には変わりましたが、社会主義政策を取るタンザニアは、部族社会が国に飲み込まれたようなもので、土地はすべて基本的には国のもの。そして自分の耕す土地はかつての部族に代り、行政単位である村が使用の許可を出します。

 さて男に何が起こったかと。この男、どうやったかは知りませんが、自分が耕せるより大きな土地を確保しています。空いていて木を植えたいと言っている部分だけで 1ha 以上ありますから相当なものです。そしてこの広い空いている土地に何が起こっているかというと、土地が足りなくて困っている他の住民に狙われているわけです。なぜなら伝統的な感覚では耕せない土地なら所有はできず、他の人が使っていいからです。

 ここまで書けばわかったでしょうか?この男、木を植えてこの土地を使っていることにして権利を確保するつもりなのです。そして広い土地に緊急に木を植える人手が無いので、プロジェクトを頼ってきたわけです。こうした例はタンザニアの他の地域でも起こっているようで、まだ村が誰にも配分していない土地などに先手を打って木を植え、所有権を主張したりすることがあるようです。

 さてではプロジェクトが「木を植えることは良いことだ」とこの男を手伝って造林をしたらどうなるでしょうか?村の人たちはみんな男の意図は知っています。土地を使いたい人は大勢いるのに、男一人の権利を守るためにプロジェクトが手を貸したとしたら?似た例は苗畑を設置する場合にも見られ、特定の人やグループを援助する場合に、慎重に背景を調べる事の必要性を示す一例です。


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